死にそうな人を目の前に

「死んではいけない」って
説得するのって

なんだか
おかしな話だ

でも大抵の人は言うんだ
「死んではいけない」って


人間は誰でも死ぬのに

今日元気な人も
明日の命の保証など何処にもないのに





年末に「死にかけた」のは
精神的な意味ではなく

本当に車の事故に遭ったから


ブログを書くことが
自分の生存証明であることを
身にしみて感じた経験だった


人はこうやって死ぬ
人はこういう瞬間に死ぬ

という瞬間を
目の当たりにして思ったのは

やっぱり
以前と何ら変わりなく

「別に死んでもいいや」
という思いだった




死んでも
悔いのない人生を生ききってるし

欲しいものは手にして
やりたいこともやってきて

今すぐ死んでも
別にどってことない



でもさ
その時に感じたのは

死んでも
「終わり」ではないってことだ


死にたい人は

何かを終わらせたいために
死にたいと願うんだけど

死んでもそれは終わらない



逆に肉体を失う分
今感じている何かは

もっと強烈に
もっと劇的に

自分は未来永劫
感じ続けることになる



だから
生きてる今がチャンスなんだよ

何かを変えるために

終わらせたい何かを
完璧に終わらせるために

命があるんだと

今を生きているんだと
今を生かされているんだと

そんな風につくづく思った






ONE PIECE 65 (ジャンプコミックス)
ONE PIECE 65


死んだら怨みも残らない
死んだら何にも残らない

確かに
ブルックの言う通りだ


他者には何も残せない


自分の中にある何かが
死んだあとも自分の中で継続していくだけだ








《 追記1 》

①「体験」と「意志」の欠如
②実体のない空っぽの敵
③迫害精神

今回のワンピース最新刊にも

『人生の本質ワード』が
あちこちに織り交ぜられていた




《 追記2 》

自分が死んだあとも残せるものは
目に見えるものだけで


それが単なる物質であるだけなら

他者の手により
葬り去られることもあるが


それが完成された
「公共作品」であるなら

自分が死んだあとも
永久に保存&保管される可能性はある