震災とか経験しちゃうとね

本当に
身にしみて

「明日はないかも」って

そんな風に
日々を生きるようになってしまうんだ


死にたい
死にたいって

絶望してる時の方が
よっぽど

「明日は必ずやってくる」って
力強く思っていた


そうだろ?

苦痛の明日が来ると
強く信じているからこそ

明日へと繋がる今日が
真っ暗に思えるんだから


でもさ

明日のことなど
本当は誰にもわからない


昨日まで
そこにあって

いつもそこにあって
毎日そこにあって

だから永遠に
それはそこにあると思っていたものが

一瞬で全てが消滅してしまうんだ


これが震災体験だ
「明日はないかも」という思いの根源だ


震災時のトラウマは
表面的には解消された

でも心の奥深くに
一度でも根付いたもの

もうこれは一生モノだ

死ぬまで(死んでも?)
消えることはない


消えないならどうするって
じゃあ使うしかない

もちろんそれを悲観に使うのは
最も安易で容易なルートだから

そんなことには使わない


未来のために
理想の具現化に
幸福を生きるために

心の傷を使う


「明日はないかも」

そう思うから
今日を全力で生きれる


言いたいことがあるなら
今日のうちに言ってしまおうと思う

やりたいことがあるのなら
今日のうちにやってしまおうと思う


こういう生き方には
無駄がない


時間は有限であること
人生は有限であること

それを実感して生きるなら

時間にも人生にも
どの隙間にも無駄は生まれないから



特に今

今というか
東北の地震があって以来

もう日本列島は
どこにいても揺れまくりの日々だ


もちろんそれは

世界中何処に居ても
危険度は同じ

地球に生きる誰もが
同じ危険を生きている


ならば

「明日はないかも」という思いは
もう世界共通思想なんだよ


明日を絶望し
未来を絶望してるヒマがあるなら

今日を楽しみな
今日を自分の好きな事して生きなよ


好きなことが何なのか
わからない人は

ただただ気持ちよいことだけに
自分を向かわせていけばいい


気持ちいいなら
誰だってわかるだろ?

それは自分の体感だから

自分の全身で感じる
快楽だから


体中に電気が走るような感触
脳内が痺れるような感触

誰だって人生で
一度くらい感じたことがあるはず


Angelaはそれは
人生で初めて音楽で知った

ロックで
エレキサウンドで

ビートで
リズムで
メロディで

官能の叫びのような歌声で

脳内エクスタシーを
初体験した


まだ性を知らない前に
それを先に知った


性の快楽なら
相手が必要だ

それも
誰でもいいってワケじゃない

しかるべき相手じゃないと
それは成り立たないからだ


でも音楽は

いつでもそこにある
いつでも手が届く場所にある

自分ひとりで
快楽を得られる


音楽はかつては
自己内部にある

怒りや憎しみや
悲しみや苦しみの

感情を発露させるために
どうしても必要なものだったけれど


今や音楽は

自己内部から
怒りや憎しみや
悲しみや苦しみが消えた後

新しく生まれた
喜びや楽しみや
感動や快楽を

その感情を発露させるために
自分人生に欠かせないものとなった



音楽があれば
生きていける

音楽があれば
自分は快楽と共に生きていける



君も君の好きなものと生きるんだよ

君の好きなものは
いつだって今の君の目の前に

すでに存在しているものなんだからね