「死にたい」も
「死にたくない」も

その心は
「同じもの」なんだ



どちらも

「自分が本当にやりたいこと」を
まだ「やってない」から



「自分が本当にやりたいこと」を
やれてない自分を嘆き悲しみ

「死にたい」となるんだ


「自分が本当にやりたいこと」を
やれてない自分を嘆き悲しみ

「死にたくない」となるんだ



「自分が本当にやりたいこと」を
人生でやっていたら

その気持ちは
その思いは

「死んでもいい」になる
「生きてもいい」になる



自分が満足してるから
死んでもいいって思えるんだよ

自分が満足してるから
生きてもいいって思えるんだよ



死を意識する生き方

それは
本質を掴む生き方だ



自分の本質とは
自分の人生の本質とは

「あの人が持っているから私も欲しい」
という発想とは真逆のところに存在する


「人のもの」を欲しがる人間は

人の妻も
人の夫も

欲しい欲しいと
いつまでも駄々をこねる


「人のもの」という

決して「自分のもの」にならないものを
手に入れることにだけに虚しく奮闘する


人の妻
人の夫

それだけじゃない

人の理想
人の願望

そんなものまで欲しがって
それがいつまでも手に入らないなら


それもまた自らに

絶望を引き寄せる
死を引き寄せる



死を意識する生き方

それは
本質を掴む生き方だ



絶望しながら
死を意識しながら

本質をつかむチャンスは
今そこにあるということだ



「人のもの」から
視線を外して

「自分のもの」を
「自分だけのもの」を

自らの手で獲得すべく

本質をつかむチャンスは
今そこにあるということだ



絶望は
死は

人を本質へと導く



人生とは幸福になったもん勝ちだ

日々を楽しく生きて
人生をやりたいことをやって

そうやって生きたもん勝ちだ



自分のもの
自分だけのもの

そんなものに
囲まれながら


自分を愛したもん勝ちだ
自分が愛されたもん勝ちだ




世界を小さく狭めているのは

自分の思想であり
自分の価値観であるから

世界の広さを実感するために
世界の本当の大きさを実感するために



君よ
今こそ

人の目を気にすることなく
大胆に生きろよ