人生

全ては音楽である

錬金術や占星術の
古い文献を見ていると

「全ては音楽である」
という風に感じるんだ

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musurgia-universalis
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人間の肉体も
人間の動作も

人間が発する言語も
人間が作り出す物質も

空も
風も

植物も
動物たちも

何もかも
「全ては音楽である」

と考えると
何かと辻褄は合う



最近また
自分のモードが変わったと感じていて

これは
いつものごとく

レベルアップの体感で
進化の体感なんだけど


これも
つまりは

音階が変わったとか
変調したとか
そういう感じなんだろうね


コレ

霊媒師とか
霊能者とかに言わせれば

守護霊交代とか
背後霊交代とかって

言われそうだな


守護霊も
背後霊も

ンなもの本当に憑くのなら
Angelaは自分で選ぶ!


ジム・モリソンとか
カール・ユングとかね

マジ自分に
憑いて欲しい


人生の仕組みー図解

昨夜の地震も
長く揺れたね

今回は地震で驚くというよりも

その直前に
iPhoneでサイレンのような
アラームが大音量で鳴ったんだよ

なんだ!なんだ!って
iPhoneを手にしたら
「地震の知らせ」で

それを見たと同時に
地震の揺れを感じててさ


地震の揺れよりも
なんでiPhoneが地震を知らせるのか

そんな設定に
したつもりもないし

そんなアプリも
入れたつもりもないのに

ここだけ
「????」
という

夜中の出来事だったな



地震の渦中では
震源地ではない揺れってのは
もうわかるんだ

震源地の揺れってのは
そりゃあ〜もう強烈な体感があるから

震源地が
自分の居場所とは別の所にあって

自分の居場所では
余震を感じているってのは
即座に分かる


iPhoneに驚かされたのと
関係あるか分からないけれど

今回はもう一切の恐怖感ってのは
地震から感じなくなってた


「いつ死んでも良い生き方」
それは既に実践中だし

それと
もう1つ

「10年後に生きてても良い生き方」
それも同時に実践中だしね


今を死んでも
今を生き延びても

どっちに転んでも
自分は準備されてる

そういう生き方を
実践中ってことだ


「いつ死んでも良い生き方」とは
どうしても刹那な生き方になる

それは若いときはいいけど

若いとは
何の責任もない人生だし

でも人生の折り返し過ぎれば
刹那なんて野暮だと感じ始める


刹那は若さの特権で

30すぎて生き延びた人は
「生きること」を前向きに考える
自己責任があるからね




最近は「書く道具」を
盛んに手に入れている

紙やMac以外の場所に
「書く」行為が
面白くてたまらないのだ

ノートタイプの
ホワイトボードってのもあって

これは小と中と大と
一通り揃えたんだが

楽しいんだな〜これが


ホワイトボードは
講師時代や講義中には
欠かせないアイテムだったしね

自分がホワイトボード好きだったとは
ホワイトボードが身近すぎて
気がつかなかったことだった


48)

こんな感じさ
ホワイトボードの使い方

これは「人生の仕組み」を
図式にしている

人生とは
こんな風に展開しているんだ


愛(ハート)の土台の上に
自分の人生と言う大木が立ち

感情(葉っぱ)を
大木いっぱいに飾って生きる

周囲には
希望(星)という風が吹きつけて

希望という風に乗って
自分の周囲にやってくるのが
「理想と夢の具現化」(果実)だ


***

今の自分の幸福ために生きる
10年後の自分の幸福のために生きる

***


それでだいたい
幸福人生は網羅できるんだ






《 追記 》

iPhoneの設定のところに
「地震速報」があって
そこがONになってた

これは最近iPhoneのシステムを
バージョンアップしたから
初期設定がそうなってたみたいだ

でもこれをONにしてると
バッテリーの消耗が激しいってことなので
今朝からOFFにした


自我形成の重要性

音楽の世界でも

自分の心の内から
活動を始めた人もいれば

あらかじめ用意された
キャラクターで活動する人もいる


自分の心が起点なら

活動期間が長くなり
キャリアを積めば積むほどに

充実感も達成感も
得ることが出来るが 


他者が用意したキャラクターが
そもそもの活動の起点なら

活動期間が
長くなればなるほど

自分自身への心のダメージは
深まっていくはず


最初はそれは

お金とか名声とかで
打ち消されるけど

それでもキツイだろうな


アイドルと呼ばれる人たちは
たいてい何処かで自分を出すね

そして自分を出した段階で
世間からも消えていくんだけどさ



松田聖子は

松田聖子というキャラクターを
生き続けているはずだけど

松田聖子というキャラクターさえも
本人の好みであり願望だったんだろう


そうなると

キャラを生きることに
何の抵抗もなく

逆に

キャラを生きることこそが
生きる喜びになっていく



いずれにしても
『自分』ってものがなにもなく

つまりは『自我』ってものが
確立されてない状態で

自分を他者や世間に丸投げすることは

自分自身にも
自分人生にも

非常に危険を与えるということ


これはカルト集団に属してしまって
自らの人生を狂わせた人々の生き様から
学び取らなければいけない
重要なポイントでもあるんだ


自分を他者に丸投げしてはいけない

自分を持たずに
この世を生きることは危険である


『自分』・・・発見しようね
『自我』・・ちゃんと形成しようね


それから
他者に向かい

それから
世界に向かい


つまりは

この世を快適に
エンジョイする人生を

君も生きていくんだよ





自分が住人になる世界を選ぶ

理想も夢も
尽きることはない


だって

達成したら
また次が見えてくるから

だって

実現したら
また次が見えてくるから


これってつまりは

何かを達成しなければ
何かを実現しなければ

次も見えてこないってことだ


達成するのは
実現するのは

自分の手が届くことから
今の自分で出来ることから


遠い未来を眺めて
指をくわえているだけじゃ

達成なんて有り得ない
実現なんて有り得ない


遠い未来の理想や夢はあるにせよ

手が届くことを
自分が出来ることを

その達成と
その実現を

日々コツコツと
積み上げていったら

毎日それなりの手応えは得る
毎日それなりの満足も得る


この延長線上に
遠い未来の達成と実現があるんだ


遠い未来だったものが

いつの間にか目の前にやってくる
自分の手の届くところにやってくる


そしたらそれも
いつも自分がやっているように

達成させる
実現させる


結果

気がついたら
いつの間にか

遠い未来だったものが
今の現実となって

達成される
実現される


ここで1話完結


でもやっぱり
次はある

でもやっぱり
続きはある


満足の向こう側にも
新規で理想や夢は生まれていく

これが人生だ

これが喜びと感動を生きる
手応えと満足のある幸福人生だ


今の満足
今の幸福

その延長線上にしか

未来の満足も
未来の幸福もない


泥沼からも
暗黒からも

自分の足を使って
抜け出すしかないんだ


自分が嫌いな世界の住人に
自分がなっていないか

自分を知るとは
自分の現在の立ち位置を知るということ 


自分が見つめる人間は
自分が好きな世界の住人のみ


そうやって毎日を生きれば 

いつの間にか自分も
その世界の住人になっているから


好きな人
好きな世界

そこから一瞬たりとも
目を離さずに

今日も生きていくんだよ




無そして無限そして光

今の幸福の向こう側にしか
未来の幸福もないように

今の満足の向こう側にしか
未来の満足もない


そして

幸福のレベルも
満足のレベルも

幸福と満足を積むたびに
どんどんバージョンアップされていく


それは最初は
小さな小さな幸福だったんだ 

それは最初は
小さな小さな満足だったんだ


1ミリ程度の幸福
1ミリ程度の満足


それがいつの間にか

どんどん
どんどん

大きくなっていって


ある日それは
自分の大きさを越え

ある日それは
地球の大きさを越えた


それでも生きる限り
拡大作業は終わらない


宇宙の果ての無の世界
無の世界の果ての無限の世界
無限の世界の果ての光のみの世界


今は光の世界の住人

もうここが
宇宙の端っこ

光の中に生きながら
光が強まっていく事だけを感じながら

光の中で
闇を見る

闇世界の餌食になった人々を
光の中で見る


正方形の世界の中で
サイコロを振りながら
すごろくゲームをしている人々

正方形の世界が
全世界だと思い込んでいる人々


理想は
夢は

正方形の世界を
突破したところに存在している


突破するために
何が必要か

それは欲望
ただそれだけ


欲望を封印された人々は
人間力を奪われた人々

「欲望は悪」という思想こそ
闇世界が生んだ思想


欲望と魂は直結しているんだ


だからこそ
欲望に忠実に生きれば

魂の道に辿り着く


そして死は
今日も刻々と迫る


みんな死ぬんだ

今を生きる誰1人
100年後には生きてはいない


100年後も
今と同じように存在しているのは

地球
惑星
宇宙

ただそれだけ


生きても死んでも
どっちでもいいように

今日も光の世界で生きよう

今日も光の世界を
自分の生きる場所にしよう





今日も音楽と共に

震災とか経験しちゃうとね

本当に
身にしみて

「明日はないかも」って

そんな風に
日々を生きるようになってしまうんだ


死にたい
死にたいって

絶望してる時の方が
よっぽど

「明日は必ずやってくる」って
力強く思っていた


そうだろ?

苦痛の明日が来ると
強く信じているからこそ

明日へと繋がる今日が
真っ暗に思えるんだから


でもさ

明日のことなど
本当は誰にもわからない


昨日まで
そこにあって

いつもそこにあって
毎日そこにあって

だから永遠に
それはそこにあると思っていたものが

一瞬で全てが消滅してしまうんだ


これが震災体験だ
「明日はないかも」という思いの根源だ


震災時のトラウマは
表面的には解消された

でも心の奥深くに
一度でも根付いたもの

もうこれは一生モノだ

死ぬまで(死んでも?)
消えることはない


消えないならどうするって
じゃあ使うしかない

もちろんそれを悲観に使うのは
最も安易で容易なルートだから

そんなことには使わない


未来のために
理想の具現化に
幸福を生きるために

心の傷を使う


「明日はないかも」

そう思うから
今日を全力で生きれる


言いたいことがあるなら
今日のうちに言ってしまおうと思う

やりたいことがあるのなら
今日のうちにやってしまおうと思う


こういう生き方には
無駄がない


時間は有限であること
人生は有限であること

それを実感して生きるなら

時間にも人生にも
どの隙間にも無駄は生まれないから



特に今

今というか
東北の地震があって以来

もう日本列島は
どこにいても揺れまくりの日々だ


もちろんそれは

世界中何処に居ても
危険度は同じ

地球に生きる誰もが
同じ危険を生きている


ならば

「明日はないかも」という思いは
もう世界共通思想なんだよ


明日を絶望し
未来を絶望してるヒマがあるなら

今日を楽しみな
今日を自分の好きな事して生きなよ


好きなことが何なのか
わからない人は

ただただ気持ちよいことだけに
自分を向かわせていけばいい


気持ちいいなら
誰だってわかるだろ?

それは自分の体感だから

自分の全身で感じる
快楽だから


体中に電気が走るような感触
脳内が痺れるような感触

誰だって人生で
一度くらい感じたことがあるはず


Angelaはそれは
人生で初めて音楽で知った

ロックで
エレキサウンドで

ビートで
リズムで
メロディで

官能の叫びのような歌声で

脳内エクスタシーを
初体験した


まだ性を知らない前に
それを先に知った


性の快楽なら
相手が必要だ

それも
誰でもいいってワケじゃない

しかるべき相手じゃないと
それは成り立たないからだ


でも音楽は

いつでもそこにある
いつでも手が届く場所にある

自分ひとりで
快楽を得られる


音楽はかつては
自己内部にある

怒りや憎しみや
悲しみや苦しみの

感情を発露させるために
どうしても必要なものだったけれど


今や音楽は

自己内部から
怒りや憎しみや
悲しみや苦しみが消えた後

新しく生まれた
喜びや楽しみや
感動や快楽を

その感情を発露させるために
自分人生に欠かせないものとなった



音楽があれば
生きていける

音楽があれば
自分は快楽と共に生きていける



君も君の好きなものと生きるんだよ

君の好きなものは
いつだって今の君の目の前に

すでに存在しているものなんだからね






愛と真実

思い出だけで
人は生きていけるのかな


ジョンとヨーコは

14年間という
短い日々を共に生き

でもジョンは40才で死んで
でもヨーコは現在79才だ


先に死んだ方はいいや
愛の絶頂で死ぬんだから


でもヨーコにとっては
80年近い人生の中の
たったの14年間

それだけで今も
愛と真実に生きている


思い出だけで
生きていけるのかな

そんなものなのかな


愛の日々

その思い出は
もちろん貴重だけど


思い出の日々は
継続された方が良いに決まってる

思い出の日々は
増えていった方が良いに決まってる


たったの14年間でも
そこに真実の愛があるのなら

それでも

まだ生きていこうと
思えるようになるものなのかな



思い出は

どんな思い出すらも
そこに愛があるのなら

とても美しいものだけれど



思い出だけで
今を生きるなんて



それでも愛は
それでも真実は

そこまでの力を
人の人生で発揮するものなのだろうか




音楽人という教科書

ロック・ミュージシャンの生き様という
人生の教科書があれば

迷うことなど何もない

全ての答えは彼らを見て
はじき出されるからだ


彼らはファンの奪い合いなどしない
彼らは自分のフィールドだけで勝負している


自分の音楽が好きな人がいる
自分の音楽が嫌いな人がいる

そんなことは
当然の事実であることを

彼らはみんな知っている


自分の好きな音楽を奏でる
自分が気持ち良い音楽を生み出す


何をわざわざ
仕事だからって

自分の嫌いな音楽を奏でるものか
自分の気分が悪くなる音楽を生み出すものか


自分が好きな音を
ただただ自分が好きな音を
自ら奏でる

自分が気持ち良い音を
ただただ自分が気持ち良い音を
自ら生み出す

それだけだ

それでいいんだ
それが自分の人生を生きるってことだ




君の人生は

誰かの顔色を伺って
誰かの機嫌を気にして

変な方向へと
向かってはいないか?






範囲拡大

人間は
時計仕掛けのロボットではないから

いつもいつも
規則正しく動き続けられる

というワケではない


スピードだって
瞬時いろいろ変化しているし

動きだって
常に方向性は一方向ではない




高速スピード時は
確かに楽しいし

前進方向への動きは
確かに喜びに満ちているけれど



低速スピード時も
後進や停止も

あるのが人生というもので

それがあるから
人間の「心のヒダ」は
その度に深く刻まれていき

人間性の厚みとなるのだから



低速も
後進も
停止も

その時々での体験を

しっかりと
味わい尽くしていく



この体験こそが

心の許容範囲拡大の
重要なプロセスなんだから







天国と地獄

天国はある

でもそれは
死後の世界ではなくて

この世で
生きながら体験するもの


地獄もある

それも天国と同様に
死後の世界にあるのではなく

この世で
生きながら体験するものだ



天国と地獄には
共通点はある

それは
誰でも体験するものではない

というところ



地獄を知ったものしか
天国には辿り着けない

そんなことすら
感じる事もある



地獄を知らない
ノーテンキな人々は
天国を知る事もないのなら

天国を目指す誰もが
地獄に落っこちるのは
人生の必然だということだ





無知突破

支配者になりたくて
支配者になる人もいるが

支配者になりたいと思ってなくても
依存心の強い人たちによって
支配者にされてしまうこともあるので

時に支配者とは
依存心の強い人たちの
被害者になる場合もある


いずれにしても

被害者も加害者も
(支配者も依存者も)
同じ世界の住人

どちらも

自立してない人間同士が生んだ
人間関係のトラブルに過ぎない



こういう世界の住人をやめる事
それがつまりは自立するという事



自分ひとりでも
人生は楽しめるのに

自分ひとりの楽しみを知らないなんて
これこそが無知の極みだ



不幸しか知らなくて

でも人生全部を
知ったようなことを言う人たちの

矛盾に
ちゃんと
気がつく事


ここから人生無知突破の道は
開かれていくんだからね







必要な行動と発想

・自分を愛する
(自分に優しく生きる)

・自分を信じる
(自分の信念を持って生きる)

・自分の現状を肯定する
(出来た事に焦点を合わせる)


これ以外に
何をする事があるだろう


・自分の意志を持つ
(自分がどうしたいかをハッキリさせる)

・自分の意見を持つ
(自分がどうしたいかを周囲に伝えていく)

・自分の願望に向かう
(自分の意志と意見を目に見える現実にしていく)


これ以外の事は
する必要のない事ばかりだ



する必要のない事

・他者の意見に盲目的に従う
・他者の顔色と機嫌を気にする
・他者の承認と評価を求める



する必要のある事を
何もせず

する必要のない事ばかりに
大奮闘する人生

これが何の結果も伴わない
空回り人生の中身だ



「なにをする?」
という発想を捨てて

「なにをしない?」
という発想で生きてみること



する必要のない事だけに

今まで散々全力で生きてしまって
すでに人生疲労困憊中の人は


今の生活の中で

する必要のない事を
1つずつ「やめる」ことから
始めなければいけないだろう



「自分のため」に
自分は存在している

「自分のため」に
自分は生きている



「自分を喜ばせるため」に
人生時間は存在している

「自分を幸せにするため」に
自分生命は与えられている



「自分の出発点」が
ここにあることは

もちろんいつも
忘れてはいけないことだ






平和と幸福

世界の平和を願う人の中で

「自分の心の平和」を
知っている人は

どのくらい
存在しているのだろう


人類の幸福を願う人の中で

「自分の人生の幸福」を
知っている人は

どのくらい
存在しているのだろう


自分が知らないことを
自分が経験してないことを
自分が実感できないことを

なぜ
どうやって
願える?


願えるはずもないだろう


こういうのを
口先だけの願いという


口先だけの願いを語る人は
自分の人生の願いも口先だけで
何の行動も伴ってはいない

だからこそ
軽々しくも

世界の平和を
人類の幸福を

声高らかに
語ることが出来る


そして実際に

世界の平和や
人類の幸福に

そういう人たちが具体的に
貢献できているのかと言えば

もちろん
出来るはずもない


願いなんて
口で言うのは簡単だ

特に

世界や人類
つまりは他者への願いなんて

口先だけのフレーズなら
誰でも唱えることが出来る


本気で

世界の平和と
人類の幸福を願うなら

まずは自分の体内を

平和に
幸福に

作り上げることが先だ


体内戦争
体内不幸

それを

ストップさせられる人間は
自分しかいない


それは言い方を変えれば

自分だけがそれを
ストップさせられるということ


どうやったら
体内戦争が終わるのか

どうやったら
体内不幸が終わるのか


世界よりも
人類よりも
他者よりも

まずは自分を

平和に
幸福に

してあげることだ





月は3月に入った

2月は予定通りに
あっという間に過ぎ去った


この調子で

人生時間など
自分が動かなければ

何事もなく
何の変化もなく

今の状況は
継続されるだけ



今を平和に生きている人は
今を幸福に生きている人は

そのまま継続でOKだろうが


そうではない人は
現在状況の継続ではない方向へと

日々自分を
1ミリずつでも動かしていくことだ



動く方向は
動かす方向は

未知なる方向



つまりは

自分の心の平和の方向へ
自分の心の幸福の方向へ

自分を動かす方向は
瞬時この方向のみとなるが


自分の外側ばかりを変えても
自分の心は何も変わらないことを知った人から

自分の外側を変えることをやめて
自分の内側を変えることに

着手し始めていくことだ








死にそうな人を目の前に

「死んではいけない」って
説得するのって

なんだか
おかしな話だ

でも大抵の人は言うんだ
「死んではいけない」って


人間は誰でも死ぬのに

今日元気な人も
明日の命の保証など何処にもないのに





年末に「死にかけた」のは
精神的な意味ではなく

本当に車の事故に遭ったから


ブログを書くことが
自分の生存証明であることを
身にしみて感じた経験だった


人はこうやって死ぬ
人はこういう瞬間に死ぬ

という瞬間を
目の当たりにして思ったのは

やっぱり
以前と何ら変わりなく

「別に死んでもいいや」
という思いだった




死んでも
悔いのない人生を生ききってるし

欲しいものは手にして
やりたいこともやってきて

今すぐ死んでも
別にどってことない



でもさ
その時に感じたのは

死んでも
「終わり」ではないってことだ


死にたい人は

何かを終わらせたいために
死にたいと願うんだけど

死んでもそれは終わらない



逆に肉体を失う分
今感じている何かは

もっと強烈に
もっと劇的に

自分は未来永劫
感じ続けることになる



だから
生きてる今がチャンスなんだよ

何かを変えるために

終わらせたい何かを
完璧に終わらせるために

命があるんだと

今を生きているんだと
今を生かされているんだと

そんな風につくづく思った






ONE PIECE 65 (ジャンプコミックス)
ONE PIECE 65


死んだら怨みも残らない
死んだら何にも残らない

確かに
ブルックの言う通りだ


他者には何も残せない


自分の中にある何かが
死んだあとも自分の中で継続していくだけだ








《 追記1 》

①「体験」と「意志」の欠如
②実体のない空っぽの敵
③迫害精神

今回のワンピース最新刊にも

『人生の本質ワード』が
あちこちに織り交ぜられていた




《 追記2 》

自分が死んだあとも残せるものは
目に見えるものだけで


それが単なる物質であるだけなら

他者の手により
葬り去られることもあるが


それが完成された
「公共作品」であるなら

自分が死んだあとも
永久に保存&保管される可能性はある



俯瞰

自分基準で生きていれば

自分に必要な人やモノなら
勝手に後からついてくる


自分基準で生きていれば

自分に不必要な人やモノなら
勝手にどこかに消えていく



依存心も
執着心も

自分基準人生では
使う機会すらない



ほっておいても
力を入れなくても

何もかも全ては
上手くいくばかりとは

こういう生き方をいう



ほっておいてもいい
力を入れなくてもいい

それが「頑張らない」ということだ



ほっておくけど
力は入れないけど

行き先
指針

それをいつも
明確にしておくために


自分の意志
自分の願望

それだけは
ハッキリと分かり易く掲げておく



自分は「どうしたいのか」
自分は「なにをしたいのか」

ということだ



意志も願望もない生き方とは
糸を手放した風船と同じ

風船が(=自分が)

どこに行くか分からない
どこに辿り着くか分からない

不安と恐怖で
満ち満ちた生き方になる



「どこに行きたいか」
「どこに辿り着きたいか」

行き先と方向を
ハッキリさせておくなら

不安も恐怖も
湧いてくる隙もない



自分が行きたい方向に
自分がこれから行くんだ

自分が辿り着きたい場所に
自分がこれから行くんだ

期待に胸を膨らませ
ワクワク&ドキドキした毎日になる


なぜなら

意志と願望のあるところにこそ
道は毎日新規で作られていくからだ



自分基準で生きる
自分を一番に考える

自分を何よりも誰よりも
最優先にして生きていく


そんな生き方では
まるで磁石のように

必要が強く引き寄せられ
不必要が一気に離れていく


その様子もまた
自分基準で俯瞰していけばいい


自分の意志
自分の願望

自分が望む自分
自分が望む人生


それが1ミリずつでも
毎日形成されていくことこそ

人生最大の喜びなのだから






客観視


『酒飲みが飲み屋をやると失敗する』

これはホント
名言だと思う


好きを仕事にするとき
この間違いをする人が多々いる

自分のストレス解消の手段と方法を
自分の好きなことと勘違いすることだ



酒が好きなことと
人生のやりがいは

別物だってことは

冷静に考えれば
誰でも理解できることだ



ストレス解消と
天命は違うって

文字にして書けば
当然のこと




例えばコレ
インターネットにも同じことが言える

インターネットに依存している人は
インターネットで仕事するには向かない


依存はストレス解消とイコールだからだ


インターネットがなくても
健全に幸福に生きていける人が
インターネットで仕事ができる

インターネットにより
仕事を成功させることが出来る


なぜなら
そこに依存がないから

ストレス解消と
自分のやっていることが
同じにならないから





自分の好きなことを探している最中の人は

ストレス解消と
自分の好きなことを

よく間違える



だからこそ
主観で煮詰まってしまった人は

自分のことを
冷静に客観視できる人を

時に必要とするのである






大真面目な
「遊び」企画として

バブルファッションの
コスプレの準備を今

着々と行っているのだけれど

これが意外にも
面白すぎる


バブルファッションは

今となっては
「お笑い」レベルだということも

準備している段階で
つくづく気がついたこと



もうあんな時代は
今後は来ない



でも考えようによっては

「社会バブル」は
「個人バブル」へと

移行していけるとは思える



格差は
ドンドン広がる

それは

生活レベルでも
心レベルでもだ




諦めるのは簡単だし
死ぬのも簡単なことだ

自分には何の才能もないと
言い切ってしまうことは超簡単なことだ


理想を持たないのなら
夢を持たないのなら

理想や夢の具現化に向かって
自分は何も動かなくてもいい


これほど都合の良い「いいわけ」は
この世には存在しない




幸福も
豊潤も

ご褒美なんだ


自分が自分らしく生きた
ご褒美なんだ

自分の才能を自分で磨いた
ご褒美なんだ



本来の自分に逆らわず
本来の自分の生き方に抵抗しない



頑張らない
努力しない
無理しない



自分が本当は何をしたいか
自分は本当は何を求めているか

誰だって本当は
気づいているけれど


そこを直視して
そこに向かう時に発生する

「自己責任」を

抱えることが出来る人の数と
夢を実現する人の数が

見事に一致していくんだ






箇条書きの夢は
実現される事はないけれど

色が付き
音が付き

自分がその中で

主人公として生きる状態が
映像化された夢は

必ず実現される




君の夢は
箇条書きのまんまか?

それとも

夢も未来も
箇条書きにすらもなってないか?




箇条書きの夢は

映像化される以前に
淘汰されるものが大半だ


なぜなら

箇条書きの夢の大半は
「他者が描いた夢」だからだ


他者の夢を
自分の夢だと信じて生きる


これだと

夢を見る事すらも
夢に向かう事すらも

苦痛を発する



自分の夢なら
自分だけの夢なら

夢を見るだけでもウットリだ
夢に向かう毎日は意気揚々だ



つまりは
夢のある人生には

夢に向かい
夢のために生きる日々には

苦痛など
何処にも発生しない



何かで読んだ
誰かに聞いた

他者の夢を

自分の夢だと今も
勘違いして生きてないか?



そんな夢は苦痛でしかない
そんな夢は淘汰されるべきだ



箇条書きの夢は
こうやって

映像になる前に
整理整頓される



偽物の夢は消え

本物の夢だけが
生き残っていくんだ



自分の夢だけが

実現されるまでずっと
生き残っていくんだ






味方

LadyGaga-YokoOno
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(オノ・ヨーコ&マドンナ&エルトン・ジョン&ブライアン・メイという
すごいメンツとガガとのツーショットの数々!)



レディー・ガガは
スーパースターになったからこそ

自分の味方をやっと
自分の人生で得ることが出来た 



自分が本来
生きるべき場所まで

自分の力で辿り着いたからこそ
出会える種類の人というのはいるんだ



レディー・ガガが
今も「普通の人」なら

レディー・ガガの苦しみは
今も継続されていた



夢の実現の最大のご褒美は
これに尽きるだろう



夢の実現への道のりは
孤独な道のりだけれど

夢が実現したあとには

自分の味方で自分の目の前が
埋め尽くされるということだ







満月メッセージ

2012年


今年は特に
「今日を楽しく生きる」
ということがテーマになる


今日という貴重な1日を
自分を苦しめることに使ってないか? 

わざわざ自分で
自分に苦痛を与えていないか?

わざわざ自分から
苦痛を拾いに向かってないか?



自己探求
癒し

それらが終わった人から
どんどん世界は開けていってる



長期戦の人生とは

同じところで留まってるヒマなどなく 
同じことを繰り返しているヒマもない


次から次へと
新しい扉を開く

そんな毎日を
そんな人生を

自ら作り上げていくことが必要だ




阪神淡路大震災
東北大震災

人はいつ死ぬか分からないことを
震災被災者は身をもって感じた


身をもって感じたことは
一生忘れない


『今日一日が全人生』 


それは言葉だけじゃなく
それは表層だけじゃなく

その意味を
その本質を

今日も生きていく





今日の苦しみは
未来の苦しみを作る

今の苦しみはそうやって
過去から生まれたものなんだ



今日の喜びは
未来の喜びを作る

今の喜びはそうやって
過去から生まれたものなんだ






多数幻想の狂乱

統計ほど
アテにならないものはない

統計ほど
自分個人には全く当てはまらない


だからこそ
「モテるオンナになるために」 
なんてハウツーから

自分を遠ざけ
生きれば生きるほど 

オンナの幸福道は
最短距離を記録していく



なぜなら

たくさんの男にモテることと
自分が幸福な人生を生きることは

「同じ道」ではないからだ



村上春樹が
大ベストセラー作家になった時

自分が世界中の人間から
嫌われてしまったように感じた

というようなことを
言っていたが

それと

この図式は
とてもよく似ている







自分情報

自分だけに言われる
メッセージってあるんだ


でも
そういうのって

自分で自分が大嫌いな時には
あっけなくスルーするんだけど


自己探求を始めて

自分を知ろうとしてる時や 
自分のことを好きになりかけている時には

スルーしないで

そういうところを糸口に
自分を掘り下げていけばいいんだよ



インターネットは
情報の宝庫なんだ

今まで図書館に行って
調べなくてはいけなかったことが

今ならすぐに
ネットで調査できるんだ



もちろんネットの情報は
信憑性に欠けるものも含まれるが

そのあたりは
しっかり自分感覚を磨けば

世間的真実よりも
自分的真実で

情報の取捨選択が出来る



例えば「誰かに似てるね」って
何気なく言われたとき

その人のこと
自分と似てる人のこと

ちゃんと調べたかな?



もしかしたら
「その人情報」は

自分の人生とは
何の関係のないものかもしれない


でも自分が
それについて調査している最中に

自分の人生と
最も関係のある情報にリンクする可能性がある



全てのことは
こうやって繋がっていくんだ

何気ない誰かの一言も
全部は自分の真実に繋がる情報なんだ




自分とは全く何の関係もないことを
必死になって調べまくっても

自分の人生の真実に
遭遇することなどないが


自分に向けられた
自分だけの情報には

自分の人生のヒントは
自分の人生の真実は

山のように含まれているんだからね







いい

これ「で」いいのか?
これ「が」いいのか?

たった1文字の違いで
人生は大きく変わっていく


「これでいい」は受動的だ
「これがいい」は能動的だ



受動的に生きても

辿り着く最高は
所詮この程度ってこと


能動的に生きたら

辿り着く最高は
究極の最高以外にあり得ない




受動的とは

あるがまま
なすがまま 

そのままを
そのまま受け入れるってことだ 



能動的とは

あるものを変え
なすものを変え

そのままを
そのままとは違うように変えていくってことだ 




変えるのは自分だ


自分が自分を変える
自分が自分の周囲を変える


自分自身と
自分の肉体半径5メートル以内の
行動範囲の全てを

「自分好み」に
自分で変えていくってことだ



自己コントロールが出来るようになった人は

自分環境コントロールなど
イージー極まりない 



最も難易度が高いのが
自分自身の変化で

でも最も難易度が高いことを
何よりも最初にしなければいけなくて




だからこそ

自分のことを
突破した人は

あとはラクラク周囲を巻き込んで

人生全般を変化させていくことが
十分に可能になっていくんだよね









女の勲章の話

年末に離婚が多いのは
新年を違った気分で向かえたいからだろう

デミ・ムーア
ケイティ・ペリー 

意外なところで
ラブラブカップルが
離婚することになった



かつて
藤谷美和子が結婚する時に

「結婚しなきゃ離婚できない」って
素晴らしい名言を残したが


恋愛のゴールは結婚だからこそ

結婚することは避けては通れない
ってこともあるんだよ 


結婚するから
やっと別れられる

まぁそれって変な話だが
そういうことは確かにあるんだ


これもまた愛の形

本気で2人が愛し合った
愛の形なんだ




離婚コメントで
よくある定番フレーズは

「2人でよく話し合った結果」
というのがあるが

これは

「よく話し合うから」こそ
離婚という結果になるんだよね



夫婦になったら
もう恋愛とはモードは違うんだ

夫婦になったら
もう「よく話し合う」なんて必要ないんだ



男と女が理解し合おうとした段階で
その関係は崩れていくんだ

それが結婚であり
それが夫婦なんだから



恋愛は2人が
真正面から向き合う関係だが

結婚は

2人が横向きに並ぶ関係
もしくは
2人が背中合わせに位置する関係

(つまりは互いが互いを見ない)
(互いが全然違う方向を見ながらも側で一緒に生きる)

これが長続きする関係
これが人生のパートナーとの生きる姿勢なんだから





それでも
離婚は女の勲章だから

離婚した彼女達は

今後増々「いい女」に
なっていくよ








テキトーではない熱い人生を生きる

「責任を持って生きている人」

それ以外の人の言動など 
何のアテにも参考にもならない

 「責任を持って生きている人」とは
その場所から逃げられない人だ



例えば会社の社長

社長と言っても
2種類の社長がいて

雇われ社長なら
大したことはない 

いざとなったら
その場所から逃げることが可能だからだ


でも

自分の全人生を賭けて作った
自分の会社の社長なら

なにがあったとしても
そこから逃げることは出来ない


こういう人の生き様を見る
こういう人の言動を観察する


それによって

「生きる」とはどういうことなのか
「責任」とはどういうことなのか

身体の芯から吸収することが出来る 



いつでも辞められる
いつでも逃げられる

そういう状態で生きてる人は
言い訳満載なんだ



辞められないから
逃げられないから

腰を据えて
本気で
全力で

今を生きることが出来る



テキトーな自分
テキトーな人生

それでいいと思う人は

テキトーな人を見て
生きていけばいいけれど


そうじゃないなら
本気を目指すなら

責任を果たしながら
日々を生きてる人

そういう種類の人だけを
参考にして観察して

自分自身の
自分の人生の

糧に

していけば
いいんだからね








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