生き方

幸福を生きる覚悟

スクリーンショット 2018-08-02 7.03.46

コイツと

あと何年
一緒に生きられるのか?


このカウントダウンの感触は
最高に楽しく幸せな子育て渦中に

子離れ&親離れするまで
あと何年このラブラブを生きられるのか?


って
思ってた時と

似てるな〜
似てるな〜


でもペットは
死別だからな

子離れ&親離れとは
喪失感の度合いが圧倒的に違う


それでも
ペットを飼うのは

ペットと一緒に生きる日々を
楽しみたいからだ


いつかやってくる
ペットとの死別を想像して
今を嘆き悲しんでるペットオーナーなんて
どこにも居ない


それと同じだ
人間同士の関係性も


離別か
死別か

いずれ別れるのは
当然の人生の流れ


だからこそ
一緒に生きている今を

その楽しみを
その幸せを

毎日
感受して生きる


その楽しみを
その幸せを

当たり前のことだと
アグラをかいて生きない



毎日を
新鮮な幸福感に
包まれて生きるというのは

こういう思いと覚悟が
その根底にあるからなのだ














47
http://angelalala2.blog9.fc2.com/    

恋だけじゃない運命的出会い

09


目指しているのは
こういう感じの髪型


360度
どの角度から見ても

立体的
かつ美しく
かつ完璧な形状


腕の良い美容師さんに出会ったから
どんな注文も魔法のように現実化してくれる


この年で
「初体験」ってのは
まだまだあるものなのだ


美容師さんを指名するってね

こんなことすら
今までしたことなかった

ってか
「指名したい人」と
出会ってこなかったんだ


運命的な出会いって
こういうことなんだよなぁ

それは人生で
そうそう訪れない出会いで


この出会いに至るまでには

まずはそのカット技術がこの世に生まれないと無理で
さらにはそのカット技術が日本に浸透しないと無理で


ここまでの
時代の流れという他力

それがあって
それプラス自力として

『ベリーベリーショートカットにしたい!』と思い
『ベリーベリーショーットカットにした!』という行動があり


そこで
その結果に
疑問が生まれ
不満が生まれたからこそ

(女性のショートカットほど技術が露骨に出るものはない!)

本気の美容師さん探しという
自分行動が始まったんだ



運命的出会いったって
これだけの流れがある



他力と自力の融合

まさに
それね




『本気探し』ってことでは

まだ2つか3つか4つくらい?
自分の中で課題があることが分かったから


これもそのうち
バチーーーンと
出会うこと必須


年喰う楽しさって
こういうところにもあるもんなんだよー










7年って結構な年月だ

IMG_5912

そういや

東北の震災から
7年が経過したけど


その年に生まれた子は
もう小学生で

その年に小学校に入った子は
もう中学生で


7年って結構な年月なんだよね


神戸の震災に
リアリティのなかった人も

さすがに7年前なら
リアリティ満載だったはずで


あの時
あのニュースを見て
いろいろ感じたはずなんだ



人生
いつどうなるか
わかったもんじゃない

ならばますます自分は
自分の好きなように生きなくっちゃ!



・・・という
決意から7年

7年もあれば

いろいろ変わる
いろいろ変えられる



遠い過去に夢見た夢は
もうすっかり全部が叶っているから

今は未来を
わりと短期で創作していて


その時に

無理〜〜とか
出来ない〜〜とか

思ったことないよ
考えたことないよ



時間は
それなりにかかるだろうけど

無理なことなんてないし
出来ないことなんてないし


実際
7年前の思いは
今は8割がた実現している


あとの2割は
まだまだ時間がかかるので

還暦以降かな〜とかね


そういう長い目で
自分の未来を見据えて


今も自分の理想の
未来実現のために

自分の人生を日々
悔いなく生きているんだ







《 追記 》


「悔いなく生きる」って

ここ大事だ
ホント大事だことだ


自分の過去は
全て肯定できてるけど

でも自分の過去を
(どこでもいいから)
もう一度生きてみ?

って言われたら


それは
イヤやわ〜ぁ〜


だって
いつだって

今の自分が一番!
今の人生が最高!

なんだから〜


過去の自分は
ありとあらゆることに
全力投球してきたからこそ
悔いはないワケで


だけど
その全力投球ってのは

その瞬間

だからこそ
出来る「能力」なんだよ



今は
今この瞬間

今の自分に
今の人生に

全力投球する!



過去の自分が歩いてきた道は
自分の血肉にはなってるけど

興味って意味では
既知のものには興味はない



自分が興味があるのは
いつだって未知だけ


今を生きるって
未来を生きるって

こういうことなんだよ








心と精神の重大栄養素

IMG_5895

スウィーツってのは
心の栄養だからねー


体の栄養も大事だが
心の栄養も大事なのだ


もちろん
芸術も心の栄養


そして

ヘアメイクを含む
ファッションも

実は実は
心と精神の重大栄養素であることを

割と最近になって
実感し始めている








美しい出産直後の彼女の姿

07

キアラのとこ
赤ちゃん生まれた


見た瞬間
知った瞬間

一気にサブイボ!!!!


他人の幸せを
まるで自分の事のように感じる瞬間


その瞬間は
そう

こんな風に
全身に電気が走るんだ


https://www.instagram.com/chiaraferragni/






人生マジック

58



自分が楽しいことを追いかけて
自分が嬉しいことを追いかけて
自分が好きなことを追いかけて


ただそれだけ

ただそれだけで自分は
「生きること」を守られるなんて


これが人生最大の魔法なんだよ〜










マドンナからのプレゼント/幸福と自由について

25

昨夜の夢では

マドンナねーさんから
超特大のムーン・ストーンの指輪をプレゼントされた

それも左手の
人差し指につけなさいと
指まで指定されたもんなぁ


夢の中とはいえ
マドンナねーさん
ありがとう〜〜〜〜




ところで・・・

幸福と自由とは
全く同じところに位置するから

自由という視点で
今の自分の生活と人生を見つめてみると


ああしろ
こうしろ

などと偉そうに
指図する人間が皆無ってのは
自由極まりない生活と人生だと思った


いわゆるボスが
自分の生活と人生に存在していない

ボスは自分
自分が自分の生活と人生のボス


だからといって
自分が誰かのボスでもない
(ココ最重要ポイント!)


ああしろ
こうしろ

などと偉そうに
他人の生活や人生を支配することなど
大昔から全く全然興味ないもん〜


あともう1つ
自分が自由を感じるのは

他者からの期待や願望を
受け付けない生き方を維持できていることだ


ああしろ → ああしてほしい
こうしろ → こうしてほしい

期待や願望ってのは
命令語を丁寧語にしただけで
『他者支配言語』であることには変わらない


ウチの家族はお互いに
こういうのゼロなんだ

皆それぞれが
それぞれの今を
そのまま受け入れ
当たり前に肯定してる


そして
それぞれが
自分自身の生活と人生のボス!


これが普通の状態
これが自然な状態

だから毎日が平和
だから毎日が平穏


つまりは幸福


幸福と自由とは
全く同じところに位置する


これは
人生の真実なのだー










バージョン・アップは夢と現実で認識可能

IMG_5863


自分バージョン・アップの時には
皆だいたい似たような夢を見る


学校の夢とかね

進級とか
卒業とか

これはホント
ありまくりの夢で


Angelaが
この前見たのは
「免許の更新」の夢だった

お〜
こういうのも
アリなのね〜〜


夢の中で

免許を取るとか
資格を取るとか

そういうのもあるが

「更新」というのは
なかなか新しかったな




人生バージョン・アップは

夢の世界ではなく
現実世界で見える


明らかに
自分を取り巻く
自分の目の前の物質の
質が上がるからねーーー

*人間関係の質も同時にUP






《 追記 》

他にも良くある
バージョン・アップの兆候は

携帯電話が壊れるとか(紛失も)

パソコンが壊れるとか
バッグが壊れるとか


こういうのも
「ある!ある!ある!ある!」



あ・・・
そういや先日

いつも使ってた
ミュウミュウのバッグの
ファスナーが破損して処分したわ!!!
(日常バッグを新調しなくっちゃ







自分自身をリニューアル

45

http://www.desigual.com/ja_JP


このキャッチコピー
今の自分にビンゴだな


「生まれ変わり」は
人生で一度きりだからこそ

リニューアルは結構
しょっちゅう行っている


だって飽きるやん?
自分で自分に

ずっとずっと
同じ自分なら


だから髪を大胆にバッサリ切ったり
洋服ダンスの中身を一斉に取り替えたり

という目に見えて分かりやすい行動を
割と定期的に行うようにしている


先日も久々に
(ほぼ1年ぶりに)
いきつけの動物病院へ行ったら

先生やオーナーさんに
「おお〜〜〜っ」
「雰囲気変わったね〜〜〜」と言われた


そう!

これが
自分リニューアル効果!


日々バージョン・アップする自分
年々バージョン・アップする人生


それに伴って外見も
変化させていくべきなのだー









エフォート・レス

effortless chic


「エフォート・レス」は

ファッション用語として
よく使われる言葉なのだけど


「エフォート」が「ない」とは?


エフォートってのは
努力とか頑張りって意味だ


努力しない
頑張らない

そういうファッションのことを意味する


ガチガチに気張るってのは
他者を意識するからそうなるんだ

自分の在り方しかり
人生の生き方しかり

他者に良く見られたいとか
他者に気に入られたいとかね



自分を意識して
自分の快適さを意識して

すれば自然と
エフォート・レスになる



ただ
この

努力しないとか
頑張らないとかって

ダラダラ&ゴロゴロ
怠惰に生きるのとは違うからね



エフォート・レスってのは
美しく脱力するって意味だから

そこには美意識が
ズドーーンと存在しているのだった








人生と体質の関係

IMG_5865


自分の体質と
自分の幸福には
密接な関係がある

というのは
Angelaの古くからの持論だ


電車嫌いも
人混み嫌いも

だから
そうなのだ


電車に乗らずに済む人生こそが
人混みで生きずに済む人生こそが

自分の望む人生で


素直に
こっち方向を
目指したからこそ

電車の乗り方すら
すっかり忘れてしまった今の自分や

家族以外の他者と
ほとんど会わずに済む今の生活が

見事に
完成したのだった



電車や人混みを克服しようと
必死に懸命に生き続けていたら
今もまだドツボの自分と人生だよ

ってことは
容易に想像がつくわ〜







成長と進化

55


現イギリスとアメリカの
ヴォーグ編集長の2ショット!

時代の先端を生きる
触覚となる2人だもんなぁ


それにしても

ファッションは面白い
ファッションは尽きることがない


『今の自分には何が似合うか』

というテーマは
死ぬまで続くんだから


それは洋服だけに限らず
ヘアもメイクも

もちろん
在り方や生き方もだ


『今の自分』は
5年前や10年前とは違う

『今の自分』は
5年後や10年後とも違う


自分が成長するって
人生が進化するって

そういうことなんだよ








ファッションと人生

38

80年代リバイバルって
こんな感じか

懐かしくも
新しいスタイルだ


それにしても

洋服って
ファッションって
自分で着てみないと分からない


いろんなものを試してみないと
自分には何が似合うのかとか

どんなものが
自分のスタイルを
すごく良く見せるのかとか

全ては実践ありきなんだ


そして
もちろん理論も

ファッションのプロの意見を
読んでは試してみる


すると自分には

これはアリだとか
これはナシだとか

そういうことも
分かってくるようになる


このプロセスは
人生創作と全く同じ


どんな人が
自分に合うのかとか

どんな事が
自分に合うのかとか


次々に新しく経験していくからこそ
徐々に分かってくるようになるんだよなぁ〜









人生の結果って何だ?

IMG_5803


人生の結果って何だ?


結果とは
いつだって
「今」のこと


そして「今」というのは
常に移り変わっている


そんな中で
「いつも幸福」って

なかなか
なかなか

たいしたものじゃないか


どんな人生を生きたとしても
最期は「ひとりになる」可能性はある


人によっては

離婚したり
配偶者に先立たれたり

子供だって
自立すれば
親は無縁だ

ペットは先に死ぬもんだしな


そんな未来を想定しても
自分は「いつも幸福」って自信がある


なぜかって?


思い出は
消えないからだ


温かい思い出
素敵な思い出
幸せな思い出


それらは
どれだけの時間を経ても
自分の細胞と魂の奥まで染み込んでいるので

死ぬまで
死んでも

消えることはない


思い出とは
人間関係だけじゃなく
物質関係も同様なんだ


素晴らしいモノとの出会い
それらと共に生きた経験

モノとも思い出は作れるんだ
それが超一流の大好きなモノならね


モノとの幸福経験=自分ひとりの幸福経験


だから結局
何が人を幸せにするかって

現在の幸せな経験と
過去の幸せな思い出

この2つ
なんだよね









醍醐味=深い味わい=本当の楽しさ=本当の面白さ

02


いつかは・・・
いつかは・・・

それって
いつ?


今や〜〜〜〜〜〜〜っ!!!


そうやって
やりたいことをやってきた

そうやって
欲しいものを手に入れてきた


やりたいこと
全部やったら

欲しいもの
全部手に入れたら

もっと違う次元で
やりたいことが見えてくるんだ


これは
なかなか
興味深い発見だった


ココまで来なきゃ
ココまで辿り着かなきゃ

それ以前では
絶対に見えない
未知なる人生の風景


ああ
なるほどな


こうやって
いくつになっても
寿命が近くなっても

未知なる人生の扉ってのは
次々に開いていく


これが
生きがいというか
生きる醍醐味ってやつなんだな










YOSHIKIとピチピチ女子

42


この頃から
大好きなんだもん

YOSHIKI


年末年始は思いがけず
YOSHIKIがテレビに出まくりで

でもテレビ見ないし
録画も面倒だしって
ユーチューバーさんたちに
お世話になりながら全番組を制覇した


そんで
ダウンタウンの番組で

「結婚願望あります」とか
「結婚して子供を持って幸せな家庭を作りたい」とか

このセリフ
出た〜〜〜〜〜〜〜!って思った


そうなのよ
男なら50でも
これが言えるんだ

50だろうが60だろうが
70になっても20才くらいのピチピチと
恋愛したり結婚したりするの可能だからね



YOSHIKIは
遺伝子残して欲しいなぁ・・・



なので
おじいちゃんになってからでもいいから

ピチピチ女子と結婚して
子供をたくさん作って欲しいー








アムロちゃんとコムロさん

14


アムロちゃんは 
大好きなシンガーだけど

引退すると知ったとき
「ふーん」って感じだった


まだ40才なら
人生これからだし

フツーの幸せとか
女としての幸せとか

今まで経験できなかったこと
これからやるいいチャンスだと思ったから


そしてまた
「自分のために」歌いたいと思えば
いつでも復帰すればいいことだしね



今回のコムロさんの引退も
同じように「ふーん」って感じだった

いろいろ理由を述べてはいたけど
そういうの全然関係ないと思うし

60才を前にして
自分と人生のリセットが
必然的にかかったんだろうと



アムロちゃんも
コムロさんも

ハッキリ言って
ピークは過ぎている


夢は叶えたし
この人生で「すべきこと」は
全部やり遂げたんだ

だからあとは
好きなように自由に生きればいいじゃん!
ってこと

「ふーん」というのは
そういう認識なのだよ



そもそも
他人の人生
あーだこーだと
他人が口出しすることじゃない

そして

他人や周囲や世間の期待に
応えながら生きることほど
不幸な生き方はない



コムロさんは
グラミー賞を取りたいって
そういう目標を掲げていたんだから

日本国内で
チマチマやってても
その目標には辿り着けないよ


日本でいくら売れても
世界で売れるとは限らない

これは正真正銘の事実だから


元々
ブリティッシュロックが
大好きだったコムロさんだから

日本では引退して
これからは海外を拠点にして

売れる音楽じゃなく
好きな音楽を追究して欲しいな


結局は
その道こそが

コムロさんが
海外でも売れる

という道になるんだから









第3の道=突破口

01

カニエとキムさんち
3人目の赤ちゃんは女の子!


もっと子供が欲しいと願うカニエと
妊娠&出産時の身体的ダメージを嫌がってたキムと

その折り合い点が今回
代理母だったのだけど


こんな風にYESとNO以外に
「第3の道」ってのは必ず存在するんだ


誰の人生でも
どんな人生でも

もちろん
自分が実行可能な範疇でね



「第3の道」
=自分(たち)の全てが納得する道








厳選するということ

43


美味しいものって
遠くにあって

簡単には
手が届かない

でも

そういうものを
食べたいと思うようになる

そういうものを
手に入れたいと思うようになる


近場で妥協しない
身近なところで手を打たない


食物だけじゃなく

物質だって
人間だって

そうやって
厳選して生きてきたし

これからも
そうやって生きていく



安易に生きないって
そういうことなんだよ









整形ネタには興味津々だが

24

16

48

整形しないで
このまま普通に自然に
年を重ねた方が

ぜ〜〜ったい
良かったのに!

と特に思う
この3人


・・・なのだが・・・


整形モノとか
ビフォーアフターとか
その手の画像や動画を見るのも大好きで


なぜなら
整形して良かったね〜〜

という例にも
数多く遭遇するからだ


内面の生まれ変わりだけじゃなく
外面の生まれ変わりもアリだと思う


死んでしまうくらいなら
金貯めて整形して別人になる!

って手も
大アリだ



Angelaは
これまで整形せずとも
自分の肉体を乗りこなせているから

このまま「整形なし」で
老化していく自分の変化を
楽しんでいくつもりだけどね






《 追記 》 

それで海外の
ビフォーアフター画像では
アクセルも頻繁に登場するんだ
(彼は整形してないけど劣化ってことで)

51

これが
こうなって


39

これが
こうなる!って・・・


ヒド〜〜〜い!!!
(でも笑える)


ふん
ふん

でもアクセルは
今でも超かっこいいんだもん〜〜








美と人生の錯覚理論

09
フィギュアスケートの衣装


56
バレリーナの衣装


もっとも女性の体が
美しく見えるファッション

究極の法則は
ココにあるんだよね


頭(髪)は
出来る限り小さく

全身は自分の肌の色に近い配色か
部分的に素肌を見せる

アイキャッチなデザインは
体の中心より上に置く

靴は足の延長になるよう色を揃える
(ヒールを履く)
(つま先の長い靴を履く)


あとは背筋をピンと伸ばして
手足もピシっパシっと伸ばして

ダンスするように
日常の動きも優雅に動けば

どんな人でも
キレイに見える


「オシャレ」しなければ!とか
「オシャレ」でなければ!とか

そういう方向に生きると
ファッションはドンドンと
ストレスになっていくけれど

「オシャレ」って
そういうことじゃないんだよね


自分に与えられた外見という素材
(それに良し悪しはあれどもだ)

そんな自分の素材が
最高に美しく見えるよう
自分で出来る限りの努力をする

その結果が
「オシャレ」ってことなんだ


上の2つの写真を見れば分かるけど

ようは「オシャレ」ってのは
目の錯覚によるところが
非常に大きい


だからこそ
「オシャレ」になるには

何を着るか?
ってことより

どう着るか?
ってことなんだよ


それは主にはサイジングだ

自分がキレイに見える
幅とか丈とかの見極めのことだ

あとはアクセサリーなどの小物により
目の錯覚を起こすための強力なアイテムをプラスする


錯覚が美を作るとは
ヘアメイクも同じ理論だ

美しい人は
(美しく見える人は)
オシャレな人は
(オシャレに見える人は)
目の錯覚を上手に使いこなしている


そしてそれは
人生にも同じことが言えるんだ


自分が出来ること
自分が得意なこと

それだけやっていたら
周囲は自分を「万能な人」と見るが


自分が出来ないこと
自分が得意ではないこと

それだけをやっていたら
周囲は自分を「無能な人」と見る


でも
どっちも
真実じゃない

「万能な人」もいない
「無能な人」もいない


自分がスルスル
簡単に出来てしまうこと

スルスル過ぎて
あまりにも自分的に簡単すぎて

自分の意識に
引っかかりもしないこと


それを見つけ
それに気づき

それをやることで
それをやり続けることで

自分は「万能な人」という
錯覚を周囲に与えながら
(気持ち良く&なおかつ超ラクに)
生きれるようになるんだなぁ〜〜〜











最もラクな生き方

IMG_5598

なんで毎朝
早起きかって

なんで年がら年中
規則正しく生きてるかって

それが
「一番ラクだから」
なんだよ


車でも
電化製品でも

一旦止まって
次に発動する時に
最もエネルギーを必要とするんだ



日曜だ
祝日だ
正月だ
盆だと

そのたんびに
不規則な生活をしていたら

月曜日や
休み明けに

つまりは次の発動時に
ものすごいエネルギーを消費することになる


そんなことを
1週間単位で
繰り返していたら

どんだけ自分エネルギー
無駄に消費してんねん!

という話なのだ


一旦動き出したものは
そして動き続けたものは

たいした力を加えなくても
それなりに動き続けるもので

ほっておいても
勝手に前進していくもの


つまりは
そういうときって
エネルギー消費量ゼロなんだよ!



徐々にスピードダウンして
いよいよ止まりそうになったら

ほんの少しのエネルギーを加えるだけで
またいつもの通常スピードに戻っていく


カレンダーとか
大多数の人の動きとか
そういうのに一切便乗せず

自分が最も気持ち良いリズムで
1年365日規則正しく生活していくのは

これほど省エネな生き方は無い!
ということなんだ


無駄なことに
自分エネルギーを消費せず

『自分が本当にやりたいこと』に
自分の全エネルギーを投入していけば

そりゃあ
それなりに
結果は出て当然

ということでもあるんだ






《 追記 》

ただ〜し!

根本的に
生きる方向が間違っている人は

一旦しっかり立ち止まらなきゃ
人生の方向転換が出来ないので

そこはビシッと
止まんなきゃいけないとこ


間違っている方向ってのは
不幸な人生の方向だ


そっち側に延々と
規則正しく生き続けたら

ほっておいても勝手に自分は
不幸道まっしぐらだからねー










松本人志の人生予言

46

ダウンタウンったら
今じゃすっかり
オッサンだが

若い時は
80年代アイドルと同じルックス

お笑い芸人も
女の子にワーワーキャーキャー
言われる時代だったんだよ


それで昔の松本人志の映像を観ていたら
面白いことを発見したんだ

昔といっても15年ほど前
まだ彼が30代後半の時だ


結婚について
トークしていて

自分が(松本が)50才で
30才くらいの人と
結婚する(したい)って
宣言してたんだよね


数年の誤差はあれど
ほぼ当たりやん!!

奥さんは
20歳年下ってビンゴやし

子供も作るだろうって
なんとなく宣言してたしね


これは予言か?
はたまた願望実現か?


まあ
どっちとも言えるかな


いずれにしても若い時ってのは
ノリと勢いだけで人生を作っていけるけど

中年(30代)以降は
計画とか計算とか
そういう基盤があってこその
直感行動&衝動行動だからね


「自分はこうしたい」
「自分はこうなりたい」

そういう確固たる思いが不在のところには
何も生まれないのが人生


人生に何事も起らない人ってのは

そもそもの欲望がない
そもそもの願望がない

その結果に過ぎないんだよ










自由人と自由人

08



自由を生きている人は

見ていて
とても気持ちがいい


自由を生きている人は

一緒に生きていて
とても心地がいい


なぜなら自由人は
他者をも縛らないから

他者が自由に生きることを
束縛しないから


だから
自由人と自由人のセットは

最高に幸福な相性
最高に幸福な組み合わせ

となるんだ










その手を離してあげな

16


自分の首を絞めているのは
自分の両手

自分の足を縛っているのは
自分の両手



その手を
離してあげなよ



自分の両手で
ガッツリ自分の首を絞めて

自分の両手で
ガッツリ自分の足を縛って


それでいて

苦しい!
なんて不自由な人生なんだ!

な〜〜〜んて

トンチンカンなこと
言ってる場合じゃない












未来=今日1日

27


「今を満ちて生きる」
「今を幸せに生きる」

これができるからこそ

「未来を満ちて生きる」
「未来を幸せに生きる」

ということも
できるようになるんだ


今日を充実した人生にできなくて
未来を充実した人生にできるはずがない


未来とは
今日1日のこと


なぜなら

昨日にとっての
今日ってのは

まだ見えぬ
まだ白紙の

未知なる未来だからだよ








どうすれば出会えるのか?

29


今すぐに

誰だって
本気出せば

恋愛できるし
結婚できるものなんだ


減量しなきゃとか
自分磨きしなきゃとか

スゴい人にならなきゃとか
立派な人にならなきゃとか


そういうことを考えずに
「今の自分そのまま」で

恋愛市場に
結婚市場に

自分を投入させていけばね


自分が
こうこう
こうならなきゃ

恋愛できない
結婚できない

と強く強く
思い込んでいる人は


ただ単に
相手に求める
理想が高いだけなので

自分の理想の高さに向かって
自分を高めていくしかしょうがない


なんたって

恋愛相手も
結婚相手も

「自分と同じ人」としか
出会いようがないからだ


自分が
何してようが

自分が
どこにいようが


「自分と同じ人」としか
自分は出会わない


自分で自分が嫌いなら
「自分と同じ人」も自分は嫌いなので

嫌いな人としか出会えない
という流れが延々と続いていく




Q)
好きな人とは
どうすれば出会えるのか?

A)
自分が自分を好きになることだ



Q)
素敵な人とは
どうすれば出会えるのか?

A)
自分が素敵な人になることだ



Q)
理想の人とは
どうすれば出会えるのか?

A)
自分が自分の理想の人になることだ












人生背景図

02


例えば
今のSF時代に
第三次世界大戦が
勃発したとしよう

すると
自分と人生は
どうなっていくか?


いわゆる「背景」が
変わるだけなんだよね


学芸会の舞台で

幕が下がったり
ライトが消えたり

それを合図に
舞台デザインが
ササッと変わるじゃん?


あれと同じなんだ


自分は変わらない
自分と一緒に生きる
人生の登場人物も変わらない


自分と登場人物はそのままで
ただ背景だけがチェンジする




自分がネガティブ思考で
物事の悪い面しか見えなくて

自分と一緒に生きる
人生の登場人物も嫌いな人ばかりなら

どんな背景が
そこにセッティングされようが
「不幸である」ことには変わりはない


でも

自分がポジティブ思考で
物事の良い面がキチンと見えていて

自分と一緒に生きる
人生の登場人物も好きな人ばかりなら


人生の背景が突然
「戦争」に切り替わったとしても


どう?

なんとか
かんとか

それなりに
生き抜けそうな気がしない?


家族がいて
仲間がいて

助け合い
励まし合い

どんな背景でも
そういうことが出来る人と一緒なら

生きることは
絶望にはならない



家族がいない人は
毎日付き合う仕事関係の人が
そういう人になりうるけれど

自分が嫌いな仕事をしていたら
嫌いな人としか出会えないから
好きな人と出会う率は低いから


だから仕事って
大事なんだよね


それは

自分の好きな職業
って意味じゃなく

自分の「好きなもの」を
取り扱っている仕事に

自分が日々携わりながら生きる
って意味だよ












カボチャと海

54


人前に立つとき
自分を見る人間の数が

1〜2人とか
3〜4人とか

超少ないと
「見られている」という感覚が
とても強いんだけど

これが一気に
10人以上とか
20人以上とか
そのくらいの数になると

マジ
「カボチャが並んでいる」
という感じになる
(あまり人間を感じなくなる)

さらにこの数が
100人とか1000人とか
単位が多くなればなるほど
もうそれは人間じゃなくなるんだ



なんつ〜か
それは「海」とか
そういう感じ



他者のことが
とにかく気になるって人は

社会に生存している
人間たちを気にしてるんじゃなくて

1人とか
2人とか

ピンポイントな人
超限定された人たち

その人の視線や態度を
気にしているだけなんだ



その人って誰か?

1人=母親
2人=両親
(3〜4人=兄弟姉妹)

ということ


大人になった後も
親から自立し独立した後も
「人目が気になる」って人は
こうやって親に囚われ続けている


この段階を打破するってのが
親を気にしなくなるってこと


親が(兄弟姉妹が)
自分をどう見ようが

親が(兄弟姉妹が)
自分をどう感じようが

関係ね〜〜〜〜っ

という
自分になればいいんだ

(実際に肉親の自分に対する感情や評価と
自分の幸福人生とは何の関係もないしー)




他者なんてのは
そこらへんに咲く草花と同じ
いつも空にある月や太陽と同じ

自分の人生の
風景の一部に過ぎない


そんな人生風景の1個1個に
被害妄想を抱いて生きてたら

そりゃあ
生きづらいわ

そりゃあこの世が
地獄絵図に見えてくるはずだ












答えが閃き渡るとき

49


自分が本当に欲しいものとか
自分が本当にやりたいこととか

そういうものは

目に見えて分かりやすいところに
落ちているワケではないから


いつも
いつも

突き詰めて
考えている


んで
それって

いくら頭で考えても
スルっと出てくるものではなくて

ある程度まで考えたら
放置するんだけど


①ある程度まで考え抜く
②その後で放置する


という
この流れが
なんか良いみたいなんだ


①だけでもダメで
②だけでもダメで

①と②とキチンと
順序よくプロセスを踏むと

ある日突然
忘れた頃に

ピカーーーっと
答えが閃き渡る



これがいわゆる
「①自力→②他力」という
幸福人生の仕組みなんだ











否定も期待も不要なワケ

39


「〜するな」という意見は論外として
「〜してね」という意見にも耳を貸さない

なぜなら

「〜するな」であろうが
「〜してね」であろうが

これら言葉が
他人を支配する言葉であることには
なんら変わりがないからだ



子を不幸にする親のパターンでも
「〜するな」ばかりではなく
「〜してね」も同じだけ存在する

いわゆる
親の期待ってやつね


この手の親は
自分が動かずして

代わりに
子を動かそうとする


親の夢を子に託すとか
子を自慢の子に仕立て上げるとか

このような親が
どれほど子を苦しめてるか
親には想像もつかない


なぜなら親は

「自分は良い事をしている」
(自分は良い親である)と

信じきっているから


他者や周囲に
自慢できる子


親が子に求めるのは
こういうことで

そこには
「子の嗜好」も
「子の意志」も
1ミリたりとも存在しない

だから子は不幸になる



なので
子供には

否定もしないが
期待もしない



親の期待
周囲の期待

んなもん無しで
ただただ

自分が楽しいように
自分の好きなように

自分の人生を生きてくれれば


それが結果的に
どんな生き方になろうが

ぜ〜〜んぜん
OKなんだから










嫌いな人と同じ人種になるな

26


不平や不満や
愚痴や悪口を

「言う人が嫌い」
ということを

延々と
自分が
語れば

あなたは
彼らと「同じ人種」

ということに

自分で
気づけるか
気づけないか


幸福と不幸

その運命の分かれ道は
ココにビシっと存在しているんだ









シンプル極まりない人生軸

34


過ぎたことなど
どうでもいい

終わったことなど
どうでもいい


過去に自分が
経験したことより

今まで自分が
経験してないこと


未来に必要なことは
未来にやるべきことは

いつだって

ただ
それだけ









変化サーフィン

31



ずっと何も変わらないってのは

(時間の経過に伴って)
自分と人生がドンドン落ちていってる状態なんだよ



人生向上ってのは

自分が変わるから
人生が変わるから


だからこそ

外側から見て
(他者から見て)
人生向上に見える


変化こそが進化
変化こそが成長


変化を楽しめるようになれば
変化の波を上手にサーフィンできるようになれば

それこそが

進化上手
成長上手

となるんだよね







*変わらない=劣化&&老化&老朽化
(=どんどん落ちる)

*変わる=リメイク&リニューアル&アップデート
(=どんどん上がる)








自分の年プラス20歳

40


20代の人が
自分が40代になった時のこと
今から想像するのは難しいと思うけど

でも自分の40代ってのは
確実にやってくる自分の未来なんだ


20代のうちから
自分の理想の40代が想像できれば

40代の自分は
その通りの自分になっている


40代の人が
自分が60代になった時のこと
今から想像するのは難しいと思うけど

でも自分の60代ってのは
確実にやってくる自分の未来なんだ


40代のうちから
自分の理想の60代が想像できれば

60代の自分は
その通りの自分になっている



今の自分の年
プラス20歳


そこを見据えて
今を生きるからこそ

理想の自分
理想の人生

それは確実に
現実のものとなっていくんだよね






例)

10代の今の自分→30代の理想の自分
30代の今の自分→50代の理想の自分
50代の今の自分→70代の理想の自分










天国と地獄

15


この世は地獄だからこそ
あの世の天国を夢見て生きる

ってのが
宗教の思想なんだろうな


自分が天国に行き着くために

この世の地獄を
いかにサバイブするか


というのが
生きる思想の根底だから

苦しみと辛さを耐え抜くという
修行人生が完成するんだ



***



この前
息子たちと話してた時


ストレスチェックとかしても
いつもストレスがないという結果になるんだとか

ストレスって何?とか

ストレスなんて
感じたことがないとか

そもそもストレス感じることを
自分はしないんだとか



息子たちの口から

ここぞとばかりに
「Angela節」が炸裂して

面白かったなぁ〜
楽しかったなぁ〜











やめる理由がどこにもないという幸せ

3


「好き」で
始めたことはあっても

「嫌い」で
始めたことなどはない


「好き」で
始めたことを
何年何十年と続けてきて

なぜ
それを
続けられるのか?

といえば

「好きだから続けられる」
なんだろうが


「やめる理由がない」
というのもあるんだ


「やめたい」と思えば
いつだって速攻でやめる

自分は今まで
そうやって生きてきた


「やめたい」けど
「やめられない」っていうのは
単なる言い訳に過ぎないからね


何かを「やめる前」には
突破口ってのは見つからないものだけど

何かを「やめた後」には
突破口ってのは必ず見つけられるものなんだ


一旦コップを空にしなければ
新しいものを入れられないとは
ホントに全くその通りなんだよな










様々な「おめでとう」

4


人生のプロセスは
人それぞれ違っていて


別れ
おめでとう

な人もいれば

出会い
おめでとう

な人もいる



離婚
おめでとう

な人もいれば

結婚
おめでとう

な人もいる



退職
おめでとう

な人もいれば

就職
おめでとう

な人もいる



「今いる場所」から
「今とは違う場所」に移動する

変化ってのは
進化ってのは
成長ってのは

一歩前に自分が前進するってのは

そういうこと
だからだ











英語の情報/日本語の情報

47


日本語でも

読んでいて
全く頭に入ってこない

そういう内容のものや
そういう文章のものがある



これ

英語も
そうなんだよね


読めるのも
聞けるのも

自分が読みたいものだけ
自分が聞きたいことだけ

それだけなんだ


結局
語学ってのは

机上の論理ではなく
コミュニケーション手段だから

ナマモノなんだよ
生きものなんだよ


今も読むのは
海外のファッションサイトか

占星術のサイト
ロックのサイト
セレブのサイト

などなど

自分が
読んでて楽しいものばかり

だから
ドンドン&スラスラ
読めるようになっていく


聞きたい英語は
好きな人のトークや
音楽の歌詞や英語の台詞だ

聞きたいから
必死で耳を傾ける

イヤホンやヘッドフォンで
一音も逃さないように聞く

するとこれも
ドンドン&スラスラ
聞こえるようになっていく




という風に今

インターネット時代を
大謳歌しているワケだけど

世界から見れば豆粒ほどの
小さな小さな島国でしか通用しない
日本語の情報だけをインプットして生きてるって

どんだけ情報が(思想が)偏ってるかって
想像したことがあるだろうか



特に今の日本のメディアって
「人が人を愛すること」を
叩きまくってるよね



Angelaも
叶恭子ねーさん同様に
「既婚者を愛する趣味はございません」
なタイプなんだけど

不倫バッシングって
誰の何を満たしてるんだろうと
不思議でしょうがない


松居劇場ってのも
もちろんAngelaは一切観てないけど

ああいうの
率先して観る人たちって
どういう人種なんだろう


どんな空虚を抱えながら
毎日を生きてるんだろう












幸福になる罪悪感

06


自分が幸福になる罪悪感とは
幸福を目指す初期段階で発生する感情だ


初期も初期
超初期!
大初期!

まだ自分の周囲が
不幸な人間で埋まっている頃


両親も不幸
兄弟も不幸
親戚も不幸

そんな中で

「自分だけ」
「幸福になる」なら

そりゃあ
罪悪感に満ちるわ〜


だからこそ

自分が幸福になるために
周囲の人たちが先に皆が幸福にならなきゃ!

ってな方向に走るとまた
ドンドン自分は自分の幸福から遠ざかっていく



人間の幸福とは
誰かに幸福にしてもらうことで
成就することでは決してなく

人間の幸福とは
自分が自分を幸福にすることで
成就するもの



まず自分が幸福に生きて

そして自分と同じように
幸福を生きる「アカの他人」と関係を持つんだ


幸福な友人
幸福な仲間

幸福な恋人
幸福な配偶者

これら人々と
自分は血が繋がっていない

「アカの他人」だ

そして彼らは
自分の過去の不幸時代とも
何の関係も繋がりもない人々なんだ



(人生大逆転者にとっての)
幸福な人間関係ってのは
血縁ではなく魂で繋がる!



あ〜だから
「アカの他人」万歳!なんだよ

「アカの他人」こそが
自分の未知なる世界の住人で


そして
その向こう側で

自分の幸福を連鎖させられる
血の繋がった子供を持つなら

もうこれこそが
究極の人間関係の完成!
となるんだ
















幸福になる躾(愛の教育)とは

IMG_5358


ワンコの躾のとき

「やってほしいことをやった瞬間」に
誉めまくるんだよね


その瞬間を
逃したら意味がない

その瞬間に
誉めなければ意味がない



これ
人間も同じく

自分の「気持ち良い瞬間」に
自分が気づき

その瞬間
自分で自分を誉めるとかなんとか

そういうこと地道にやってあげると
それが自分に根付くようになるんだ


でも
なかなかね

その瞬間に気づく
ってのは難しく

だから文字で書き残すと
そのへんが分かりやすいんだ


日記を書いてます
ブログを書いてます

って人でも


そこで
誰かの悪口や
自分の不平不満だけ書いても

それと自分が幸福に向かう道のりとは
全く全然次元が違うから


スキッとしてる!
清々しいぞ!
軽いっ!


そういう瞬間の記憶を思い返して
文字にして残しておくと

その瞬間の自分に
自分の文字世界でワープして
「その瞬間」を捉え直すことが出来る
(=その瞬間の自分を誉めることが出来る)




ワンコの躾でも

間違ったことしても無視(一切スルー)
もちろんガミガミと怒ったりもしない


自分がワンコに反応するのは
彼が「やってほしいことをやった瞬間」のみ


これまた

人間の幸福になる躾も
(いわゆる愛の教育も)

同じことなのさ〜






*虐待親&自己虐待者はこの反対の不幸教育をしている

①スルーポイントでガミガミ死ぬほどわめき散らし
②反応ポイントでは無視してスルーして無反応状態















不幸学校を卒業して幸福学校に入学する

51


切羽詰まらないと
人間ってのは動けないもので

だから基本
人間ってのは
怠惰な生き物なんだ


怠惰な生き物に
動きを起こすために
切羽詰まる状況が巻き起こる

これがつまりは
困った状況が発生する仕組みなんだな


トラブル満載の人生とは
このようにして延々と続いていく


困った状況
トラブル満載の人生

それを回避するためには
自分が怠惰でなければいいんだよ


満足にアグラをかかず
幸福にアグラをかかず

せっせ
せっせと

自分を磨き
自分を向上させるべく
自分で自分を動かしていけばいいんだ


生きるってのは
学ぶってことと同義語で

そして
学びってのは
自分の好きなことからしか学べない


嫌いと好きでは
モチベーションが全く違うからだ

あ〜んど

心の開き具合が
全く違うからだ


嫌いなことに触れると
人は誰でも

ヒュ〜〜って心を閉ざして
ギュ〜〜って身を重くして

そんな状態では
何も何も吸収できない
つまりは学びなんてのは
1ミリたりとも起らない

(辛く苦しいことをいくら続けても
自分は同じ場所から一向に進めないということ)


だけど

好きなことに触れれば
人は誰でも

パ〜〜〜〜って心を開いて
フワ〜〜って身を軽くして

そんな状態だからこそ

乾ききったスポンジが
グングン水を吸い込むように
学びが急スピードで進行するんだ



トラブル満載の人生から卒業して
楽しい学び満載の人生に入学する



悪循環から
好循環への変化って

まさに
こういう変化なんだよね










『誰か私の人生の答えを教えてください』な人々

28



誰か私の天職を見つけてください
誰か私の人生のパートナーを探してください



自分の知人&友人総動員で

こんなアホなことを
マジでやっている人がいるなら
(この手のことに自分も巻き込まれてはいけない)

それは

自分の貴重な人生時間の
大無駄になるだけではなく

他者の貴重な人生時間を
自分が奪っていることになるので

人生のしっぺ返しが
後からやってくることになる


奪った分
自分もまた奪われるからだ


奪い合い
足の引っ張り合い

これこそが
人生の悪循環だ


自分が持つ1分1秒を
大切に生きているならば

他者が持つ1分1秒も
大切だと考えること出来るようになる


すると
他者の時間を奪わなくなる

イコール
他者の足を引っ張らなくなる


こうやって生きるようになれば
自分の人間関係がガラっと変わる


奪う合いの関係から
与え合いの関係へ

足の引っ張り合いの関係から
背中を押し合い引き上げる関係へ


「私のため」に
誰かが何かをしてくれることを
人生の喜びの中心にするのではなく

「あなたのため」に
自分が何かをすることを
人生の喜びの中心にするのではなく


「自分のため」に
自分が何かをすることを
人生の喜びの中心にする
(次点に「愛する人のため」がある)


与え合いも
背中の押し合いも
引っ張り上げ合う関係も

こういう「個人」同士だからこそ
成り立ちが可能なんだから












自分は何を実現して生きる?

11


結局

どこをどう探しても
更年期などというものは
自分の人生には存在しなかった

20代のとき
自分が周囲に宣言していたこと
(私には更年期はない!と言い続けていた)

やっぱりばっちり
現実になったなぁ〜


というか

心身のどこもかしこも
年々元気にパワフルに
どんどん強靭になっていく
(これはエイジレスどころじゃない!)


他にも
昔から言い続けてることは

私は一生
お金に困ることはない

私は一生
ひとりで生きることはない

っていうのがあってね


実際に自分は
金銭面や物質面や人間関係に
とてもとても恵まれていると思う

だけど創作に必要な
「孤独の時間」は
必ず確保されているという
(超ラッキーーー!)




かたや

若い時から
いつか自分が更年期になったらって
準備万端な人々は

『思った通りに』
その年齢になったら
更年期に苦しむんだろうし

高齢での病気を心配する人もまた
同じように『思った通りに』
病気になっていくんだ

晩年の孤独に備える人もまた
『思った通りに』
死ぬまで孤独を生きることになり

そして
あらかじめ
準備していて
つくづく良かったと
胸を撫で下ろす人生が完成する



ホント
ご苦労様って感じ



人間が保持する可能性
人生が保持する神秘や奇跡

それは

自分の幸福の実現のために
自分の健康の実現のために

あるものなのに〜〜〜











愛する「こと」「ひと」

IMG_5297


「好きなこと」というのは

究極
辿り着く境地は

「愛すること」なんだよね


でも
ほとんどの恋愛が
結婚まで辿り着かないのと同様に

「好きなこと」の全てが
「愛すること」に辿り着くわけではない


「好きなこと」をやっていって
最後に残るのが「愛すること」


恋愛と結婚の違い
好きと愛してるの違い

それは尊敬の有無だ


恋愛は
尊敬がなくても出来る

好きに
尊敬は要らない


(幸福な)結婚に
尊敬があるのは絶対で

愛する対象に
尊敬があるのは絶対で



「愛すること」=「尊敬できること」



占星術師も錬金術師も
自分にとって尊敬に値する

シャネルもエルメスも
好きを越えて愛している



尊敬できる人たちに囲まれて
尊敬できることをして生きる

愛のある人生とは
こういうこと



もちろん
それ以前に

自分が自分を愛していて
自分が自分を尊敬していること


すなわち

愛せる自分になること
尊敬できる自分になること


そのための

自分改革
人生改革

ここは
避けては通れない










人生経験からしか学べないことがある

01




間違いは宝物
失敗は宝物



なぜなら

間違いを経験して
失敗を経験して

その上でしか
腑に落ちないことがあるからだ


だからこそ

間違いを回避して
失敗を回避して

間違いゼロを目指して
失敗ゼロを目指して

人生経験少なく
(新規自分行動を起こさず)
頭デッカチにだけ生きていると
(本ばかり読んで情報過多になると)

ゆくゆくは
「何にも分かってない大人」に
成り果ててしまうんだ



間違いは宝物
失敗は宝物



後から自分の人生を振り返ったとき

道を外れて生きた経験だけが
キラキラと輝いて見えるのは

それこそが
自分の人生の宝物だからなんだよ











生きる意味は3つだけ

13


やりたいことをするために
欲しいものを手にするために
愛し愛される人と出会っていくために


何のために
自分は生きるかって

何のための
自分の生命かって

何のための
自分の人生かって


それは
この3つのみ


それ以外のことは
カスでしかない









自分の心の中がラブラブになる仕組み

14

自分の中に
2つの人格があって

それは主には

①自由を生きたい自分
②自由を許さない自分


その2つの人格が
争い喧嘩する状態が

葛藤
迷い

となる


こんな状態じゃ
この2つの人格は

ラブラブになるとか
結婚するとか

ましてや

メイク・ラブするとか
子供を授かるとか

そういう方向には決して行かない


このプロセスの中で
「子供を授かる」って段階が

・好きな事を見つける
・好きな事をして生きる

ということなんだ


ここまでくれば2つの人格は
ラブラブ&結婚&出産を経ているので

争いもない
喧嘩もない

葛藤もない
迷いもない


清々しくも心地よい
愛に満ちあふれた心状態とは

まさに
この状態のこと


こういう自分の心内部で起る
進歩&発展を

恋愛したい
結婚したい
出産したい

に置き換えてしまうと
心の逃げになるし


恋愛しても
結婚しても
出産しても

いつまでも心が苦しい人は
ここに向き合わなければいけない


最初から
恋愛も結婚も出産も
そんなのいらない!って人もまた

自分がラクに生きるために
自分の心が愛に満たされるために
自分の心に向き合わなければいけない


結局は
どの道を選んでも

自分の心からは

避けられない
逃げられない


やらなければいけないことは
同じことなんだよ










円の中心を生きる

15


円の中心とは
自分の心のこと

自分の心とは
自分の軸のこと


自分の軸とは

自分の魂の喜びのこと
自分の魂の楽しみのこと


そこさえブレずに
毎日を生きていれば

自分も
自分の周囲も
自分の環境全部も

この軸の中身のままに
形成されていくようになるんだ













愛の念仏は要らない

07


「自分を愛する」ってさ

愛してる
愛してる

愛してる
愛してるって

いくら愛の念仏を唱え続けたとしても
それは「愛すること」にはならないから


愛ってのは
自分の行為のこと

愛ってのは
自分の行動のこと


自分の毎日を
自分の人生を

つまらなくさせるのは
自分の行為と行動の結果だ

それのどこに
他者や社会に責任がある???


ハッキリ言って1ミリもない


自分が楽しくないのは
自分の行為と行動に問題がある

問題っていうか
工夫だよな

愛の工夫が足りない
愛の発想が欠けている


人間の優秀な頭脳ってのは
愛の方面に使うものなんだ


「自分が楽しく生きるために自分には何ができるか」


日々そういうことに
頭を使って暮らしていると

心も体も
元気ハツラツとなるのは

やっぱ頭も心も体も
全部は繋がっているってことなんだよ










記事検索
「天使のこころ」


素敵な瞬間
「僕と君と宇宙と」収録


Adobe Readerで読む絵本
「脳内エクスタシー」

無料立ち読み版ダウンロード

「脳内エクスタシー」付録
「こころのごはん」



「2004-2011Angela-Blog」


カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
最新記事
  • ライブドアブログ